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静岡家庭裁判所 平成3年(少)1861号 決定

少年 S・T(昭46.10.15生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、平成3年9月11日肩書住居地の自室において、知人にひどく殴打されて帰宅しいら立っていたところへ、シンナーを吸引したこともあって、同室していた後輩から同人が好意を寄せている女性の交際相手が同女を連れ戻しに来ると聞き、力づくで話をつけてやる、場合によっては殺してもよいと考えて待ち構えているうち、午後10時57分ころ、たまたま少年の友人に同伴してきたA(当時19歳)が電話を借りるために入って来たのを、上記交際相手が無断で入ってきたものと誤信、憤慨して殺意を抱き、刃体の長さ10センチメートルの果物ナイフでやにわに同人の背部、右胸部を突き刺し、よって、同日午後11時34分ころ、清水市○○町×××番地の×総合病院○○病院において、右胸部背部刺切創による失血により殺害した。

(適条)刑法199条

(処遇)

本件は、何の落度もない被害者に対し、少年のいう興奮状態において、さしたる理由もないのに殺意を抱き、尊い生命を一瞬のうちに奪い去ったという悪質重大な事犯である。少年は、仕事は真面目にしていたものの、シンナー仲間を自室に自由に出入りさせ、みずからもシンナーの譲渡や吸引をしていたものであり、本件もそのような乱れた生活の一場面において発生したものである。加えて、これまで事件として係属したことはないが、少年には幼少期から粗暴性がみられ、かっとして喧嘩をしたり、シンナーを吸って暴力を振るったことは何度もあった。このような犯情や明日成年に達するという少年の年齢を考えると、本件は刑事処分相当性のきわめて高い事案である。

しかしながら、他方、少年は2歳半のときに両親と死別し、中学校を卒業するまでは養護施設で育ち、その後は生育歴を隠すようにしながら1人で自活してきた。この間、対人的な圧力にさらされることが多く、庇護的な対象への依存欲求の充足や自他への信頼感の醸成が阻害されがちで、人に受容される経験に乏しかったことなどから、対人場面で悪意を向けられることに過敏で、一旦不快や不満が惹起されると固執的強迫的な解消行動に向かいやすいという人格的偏りが形成されるに至っている。本件にみられる少年の人命無視の態度は、このような少年の人格的偏りに起因するところが大きいと考えて誤りないように思われる。

ところで、少年のこの人格的偏りは、本件の鑑別結果通知書によると、まだ専門的な教育措置によれば、矯正不可能とはいえず、むしろ体系的な方法でこれまでの自己形成に内省を促したり、職員との相互信頼的な関係を通じて対人関係に情緒的な暖かさを体験させたり、他生との協同作業を通じて対人関係での過剰な不安や緊張などの不適応要因を除いておく必要性が高い旨指摘されている。

以上のほか、幼少時から少年の成長を暖かく見守ってきた伯父のS・Jが被害者の遺族に対し出来る限りの誠意を示したいと誓約していること、その他記録にあらわれたすべての事情に照らすと、少年に対しては、専門的な教育的措置による人格的偏りの矯正を優先させ、刑事処分に付すよりも保護処分に付して少年の更生に万全を期する方が適当と考えられる。そして、保護処分としては、少年院送致が相当であり、少年院の種類としては、少年に保護処分歴のないことにかんがみ、中等少年院が適当である。

なお、収容の期間については、少年の人格的偏りの矯正にはかなりの時日を要すると考えられるほか、少年事件について保護処分を選択した場合においても、責任の要素を度外視することは許されず、しかも、少年の年齢が成年に近づく(正確には、少年の精神年齢が高くなる)にしたがい、責任の要素を考慮すべき度合も次第に増してくると解すべきであるから、この観点からも、別途処遇勧告書で勧告したとおり、少年を長期にわたり収容するのが相当である。

よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して、少年を中等少年院に送致することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 佐藤文哉)

処遇勧告書〈省略〉

少年調査票〈省略〉

鑑別結果通知書〈省略〉

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